東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)111号 判決 1979年6月27日
原告 ドイツチエ・エールブス・ゲゼルシヤフト・ミツト・ベシユレンクテル・ハフツング
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告期間につき、附加期間を九〇日とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が、昭和五二年一二月二三日同庁昭和四九年審判第七四八七号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、別紙のとおり、「Airbus A300B」の文字及び数字を横書きして成る商標について、商標法施行令第一条別表による商品の区分第一二類「航空機、その部品」を指定商品として、パリ条約第四条により一九七一年五月二八日のドイツ連邦共和国出願に基づく優先権を主張して、昭和四六年九月一日商標登録出願をし(以下この商標を「本願商標」という。)、昭和四九年四月五日拒絶査定を受けたので、同年九月七日審判を請求(特許庁昭和四九年審判第七四八七号事件)したところ、昭和五二年一月二三日その請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は、昭和五三年三月一日原告に送達された(なお、出訴期間につき附加期間を三か月と定められた。)。
二 審決の理由の要点
本願商標の構成及び指定商品は前項記載のとおりである。
航空機を取扱う業界においては、自己の生産若しくは販売に係る商品の機種、型式等を表示するため記号、符号として、欧文字の一字ないし二字と二桁ないし三桁の数字を適宜組み合わせたものが類型的に採択使用されていることは当庁において、顕著な事実である。また、「Airbus」の文字は、現在わが国において大量輸送を目的とする旅客機で特に大型短距離用のものを意味する語として一般に理解されていることは明らかである。してみれば「Airbus」の文字と前記記号、符号の類型の一である「A300B」の文字とを組み合わせたうえ、これを普通に用いられる態様で表示したに過ぎない本願商標は、その指定商品たる「航空機、その部品」に使用しても、取引業者、需要者は、単に商品の品質と商品の記号又は符号とを結合させたに過ぎないものと理解するにとどまり、これをもつて該商品についての自他商品識別の機能を果す文字とは認識できないものといわざるをえない。よつて、本願商標は、商標法第三条第一項第六号に該当し、登録することができない。なお、本願商標が周知商標であることを認めるに足りる証拠もない。
三 審決の取消事由
審決の理由のうち、本願商標の構成及び指定商品の認定は争わないが、本願商標はこれをその指定商品に使用しても該商品について自他商品識別の機能を果しえないとした判断は、次の理由により誤つでおり、審決は、違法であるから、取消されるべきである。
1 審決は、航空機を取扱う業界の実情に照らして、あたかも本願商標中の「A300B」の部分が、自他商品識別機能を有しないかのように判断しているが、右の「A300B」の部分は、一般に使用されている航空機の記号と類型を異にし、極めて記憶に残りやすいラウンドナンバーの「300」の前後をアルフアベツドの第一字「A」及び第二字「B」ではさむように構成されたものであつて、例えば「B747」、「L-1011」などの記号とはその類型を異にするものである。
また、このようなアルフアベツト文字及び数字の組合せからなる記号が舶空機、その部品についても他の商品の場合と同様に、自他商品識別機能を有しないとする審決の判断は、この種業界の特殊性を全く無視するものである。すなわち、航空機の製造業者は、世界でも極めて少なく、その需要者は、一般大衆ではなく、軍、運航会社などの限られた範囲の専門的知識と識別力を有する者であり、また、この種商品は一機数十億円という極めて高価なもので、他の商品のように店頭に陳列して販売されるものではなく、専門的知識を有する需要者が前記のような記号によつて、機種、性能等を詳細に検討したうえでその使用目的に適したものを選定し、付属品や内部装置等にも特別な注文をつけて発注するものであるから、需要者には、その生産者、機種、性能等細部にわたつて知悉されているものであり、「A300B」なる記号を使用した航空機は、原告の製造に係る商品として需要者には周知の記号なのである。換言すれば、航空機業界においては、「A300B」は、その指定商品に使用するときは、当該商品の機種、型式のみならず、生産者をも表示する記号として使用され、それだけでも当然に自他商品識別機能を有するものである。
2 次に、審決は、「Airbus」の文字は、現在わが国においては、大量輸送を目的とする旅客機で特に大型短距離用のものを意味する語として一般に理解されているとするが、これは、「Airbus」なる語が、原告を含む「Airbus group」の創造に係る特殊な用語であるという事実を誤認した判断である。
すなわち、「Airbus」は、既成語の「Air」と「bus」の二語を結合してつくられた造語であつて、それぞれの語の意味から一般には、圧縮空気で動く(空気モーターを使用する)乗合自動車、空気によつて持上げられて走る乗合自動車(ホバークラフトバス)等を観念させるものとするのが相当である。ところで、「Airbus」なる語が、航空機について使用されたのは、一九六五年ころから航空機による大量輸送の需要が高まり、ドイツ国を中心に「騒音の極めて少ない、胴幅の広い、頻繁な離着陸に適する中短距離用の、経済的な大型輸送機」の研究が始まり、このような航空機を「Airbus」と称したのがはじまりであり、同年六月には、イギリス、フランスの業界代表の間で、「Airbus project」について討議され、一九六六年一月からイギリス、フランス、西ドイツの政府代表の間で「Airbus」の共同開発について協議が開始され、同年九月に協定が成立した。その協定によつて、原告が「Airbus」の機体の研究、設計、製作を担当することになり、その後イギリスが脱落し、新たにオランダとスペインが参加し、共同管理委員会が設けられ、その間に、「Airbus A300B」の計画が具体化し、一九七二年にその原型が組み立てられ、一九七三年から本格的に生産が開始されるに至つた。このように、「Airbus」なる語は、「Airbus group」の創造に係る造語であり、航空機による大量輸送時代の要請に合致する語として大型輸送機の異名の如く一般大衆の間に使用されるに至つたとしても、一般の用語として確たる定義はないのである。そして、航空機の専門家である需要者においては、「Airbus」は、「Airbus group」の設計、製造に係る大型ジエツト輸送機を意味するものと理解され、たとえ、「Dc 10」、「B747」、「L-1011」などを一般大衆がエアバス(Airbus)と称するにしても、これらは、正確にはエアバス型又はエアバスに類するものというべきで、「Airbus」そのものではない。
3 以上に述べた「Airbus」と「A300B」とを結合した本願商標は、航空機の専門家である需要者には、「Airbus group」の設計、製造に係る「騒音の少ない頻繁な離着陸に適した、中短距離用の、極めて経済的な広胴、双発の大型ジエツト輸送機」を表示するものであることは明らかである。そして、本願商標は、原告によつて今日まで使用された結果現在わが国における需要者間では、原告の製造に係る商品を表示するものとして周知のものであるから、航空機、その部品にこれを使用する場合には、これらを、原告の業務に係る商品として、他人の生産、販売する商品と識別する機能を有していることは明らかである。現に、本願商標は、ドイツ連邦共和国においては一九七三年に、アメリカ合衆国においては一九七五年にそれぞれ商標登録を受けている。
4 なお、被告は、航空機、その部品を取扱う業者はおびただしい数にのぼる旨主張するが、一般に航空機の部品といつても、商標法施行令第一条、商標法施行規則第三条の各別表によれば、航空機用のエンジン、緩衝装置、制動装置、測定機械器具に属するものなどは、本願商標の指定商品に包含されないことが明らかであることその他からすれば、航空機の部品の業者は、被告が示唆する程多数にのぼるものではなく、このような商品の取引は、おおむね航空機本体と同様で、専門的知識を有する限られた範囲の者に関するにとどまる。
第三被告の答弁
一 請求の原因一、二の事実は認める。
二 同三の主張は争う。本件審決の判断は正当であつて、審決には原告主張のような違法はない。
1 近時航空機の開発は目覚ましく、その販売競争も激しいものがあり、また、航空機の部品は多数に及んでいるから、これらの部品を取扱う企業も多彩で、専業のものばかりでなく、例えば機械、電機、タイヤ等各種の生産販売会社やその下部系列会社、商社、空港等が介入している取引の実情を考慮すると、航空機の部品の取引は、機械類と異なるところがない。したがつて、この種業界にあつて、航空機及びその部品の取引は、専らそれに付せられた商標によつて行われ、商標に化体した信用に基づいて行われるものであるところ、「A300B」のように商品の機種、型式等を表示するための記号として類型的に採択使用されているものを、航空機、その部品に使用しても、需要者は、何人の業務に係る商品であるかを認識することができない。しかも、航空機を取扱う業界においては、航空機の機種、型式等を表示するための記号、符号として二つのアルフアベツトと三桁の数字を適宜組み合わせたものを用いている事実があるから、航空機、その部品の取引者、需要者は、本件商標中の「A300B」の文字の部分が、その構成が比較的単純なものであつても特異性がない関係上、単に商品の記号又は符号を表わすに過ぎないと理解するものと思われる。したがつて、本願商標中「A300B」の文字の部分が航空機、その部品の分野において商品の出所について識別力を備えているとはいえない。なお、「A300B」のようなものは、一般の自由使用に委ねるべきものであつて、これを登録してその使用を特定人に独占させるべきものではない。
2 「エアバス」の呼び名は、アメリカ合衆国の航空会社が、ボストン、ニユーヨーク、ワシントン三市間の旅客数の最も多い空港に、シヤツトル、サービスを行つているところ、あわただしく往復する飛行便というわけでバスに乗るような仕組みで搭乗できるところから生れたものである。仮に、「Airbus」の語が、原告の主張するように、「Airbus group」による造語であるとしても、商標管理が充分でなかつたので、わが国においては、「大量輸送を目的とする旅客機で、特に大型短距離用のもの」を意味する語として、この種業界及び一般に使用されていることは明らかである。
3 結局、本願商標は、その指定商品に使用しても、これにより、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができず、また、周知商標であるともいえない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一、二の事実、すなわち、本願商標の構成及び指定商品、本願商標に関する登録出願から審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯並びに審決の理由に関する事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 まず、本願商標中「Airbus」の点について考える。
成立に争いのない乙第二号証、第四号証、第五号証の各一ないし三に弁論の全趣旨を総合すると、「エアバス(Airbus)」の語は、本件審決当時はもちろん、本願商標の登録出願当時すでに、わが国において、「大量輸送を目的とする旅客機、又は、右旅客機のうち大型で短距離用のもの」の意味に広く用いられる普通名称であることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。そして、わが国における航空機及びその部品に関する取引者、需要者の間において、「エアバス(Airbus)」の語が、特に原告を含むいわゆるエアバス・グループ(Airbus group)が開発、製造した航空機のみに限定して用いられるものと認めるに足りる証拠はない。
原告は、「エアバス(Airbus)」の語は、「エアバス・グループ(Airbus group)」の創造に係る造語であつて自他商品識別力を有する旨主張し、成立に争いのない甲第四号証、第五号証等の中には、右主張に副うかのような記載部分があるけれども、前掲乙号各証と対比して、右主張はたやすく認めえないばかりでなく、仮に、エアバスの語の由来が原告主張のとおりであるとしても、わが国における用語法が前認定のとおりであることに鑑みると、この語がわが国において自他商品の識別力を有するとする原告の主張は採用できない。
2 次に、本願商標中「A300B」の点について検討する。
一般に、いくつかの適宜なアルフアベツト文字及び算用数字のみを組み合わせ、これらの文字、数字を普通に用いられる書体ないし方法をもつて商品に表示した場合には、当該商品の種類、型式などを表示するための記号又は符号として理解されることは、経験則上明らかである。そして、本件全証拠を検討しても、航空機、その部品を取扱う業界において、これと反対に認めるに足りる証拠はない。のみならず、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三に弁論の全趣旨を合わせ考えると、航空機を取扱う業界においては、一個又は数個のアルフアベツト文字と数個の算用数字をハイフンを用いるなどして結合しこれを航空機に使用する場合には、特定の航空機の機種、型式などを表示するための記号として広く理解されていることが認められる。ところで、「A300B」が、航空機やその部品に表示される場合に、このような記号としてではなく、指定商品すなわち広く各様の機種、型式などにわたりうる航空機、その部品について、自他商品識別機能を有すると認むべき資料はない。
原告は、「A300B」は、記憶に残りやすいラウンドナンバーである「300」をアルフアベツトの第一及び第二の文字「A」及び「B」とではさむように構成されたもので、一般に使用されている航空機の記号(例えば、「B747」、「L-1011」など)とは異なると主張するが、いまだ「A300B」をもつて、これが右のとおり広く使用されている航空機の機種等を表示する記号とは類型を異にし、商品の自他識別力を有するとする合理的根拠を肯認しえない。また、原告は、航空機、その部品の取引者、需要者は、航空機に関し専門的知識と識別力を有する限られた範囲のものであるから、これらの者の間においては、「A300B」のみでも、自他商品識別機能を有する旨主張する。なるほど、取引の対象を特定の機種、型式などの航空機のみに限定して考えると、右主張の旨趣を是認できないではないけれども、本願商標の指定商品は、広く航空機一般のみではなく、その部品をも包含するものであるところ、その部品も各種多様にわたることを考慮に容れるときは、これらを取扱う取引者、需要者も広範囲にわたることは明らかであり、これらの者のすべてについて右主張の旨趣を推及しうべきものとは考えられず、他に以上の判断を左右するに足りる証拠はない。
3 本件商標は、前述のとおりいずれも商品の自他識別機能を果しえない「Airbus」と「A300B」とを結合し、これらを別紙のとおり普通に用いられる書体ないし方法で表示したものであるところ、右のとおり両者が結合されたことにより全体として新たに商品の自他識別機能を具備するにいたるものと解しうべき合理的事由も証拠もない。
4 次に、原告は、本願商標が今日まで使用されるに至つた結果わが国において原告の製造に係る商品を表示するものとして周知である旨主張するが、本件全証拠を検討しても、これを認めるに足りない。
5 したがつて、本願商標が、商標法第三条第一項第六号に該当し、また、周知商標ともいえないから、登録することができないとした審決の判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条、上告のための附加期間の付与につき同法第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 杉山伸顕 清野寛甫)
別紙